2016年(平成28年)1月31日発行
時代を遡ること、70年前、大阪大空襲の際、米軍のB29の焼夷弾にも、空堀周辺は幸いにも家屋が焼け残り、又そういう事例が、ヒントになったかどうかは定かではありませんが、2011年に作家、万城目学氏原作のSF映画「プリンセス・トヨトミ」の中で語られる、空堀商店街某所と大阪城の城闇地下とを結ぶ秘密の地下トンネル。直線距離にして、約2.0km位か。思い起こせば、この映画封切後に、大阪人でさえ空堀ってどこ?という低い知名度が一気に上昇し、京阪神のみならず、けっこう遠方からの訪問者も増え、正に「P/トヨトミ」様々でした。
(我が町、空堀 m.m記)
空襲警報のサイレンで、避難場所の現清水谷高校へと家を出た途端、私たちのいた国民学校は、早くも2校とも激しく燃え上がっており、校舎のどの窓からも異常なくらいの太い炎が噴き出していました。大勢の人たちが谷町筋をどんどん南へ逃げて行かれる中に合流し、清水谷高校で全員一夜を明かしました。
火災が沈下した2、3日後、焼け跡へ焚火を拾いに出かけた時のことです。内久宝寺町通りでも沢山の死体に出会いました。遺体の上にはトタン板が乗せられ、チョークで男、女、子供と書かれてあり、中には胴ほどに腫れた脚がトタンからはみ出しているのも見えました。そこえ軽トラックが来て、畳を立て掛けた荷台にご遺体を盛り上がる程積み上げ何処かへ運んで行きました。
あの後どうなったのか、と長い間気になっていましたが、城北公園の近くの淀川べりでダビに付され、そこにはお地蔵さんの祠が建てられていることを後日知り、ほっとしました。最近はそこで淀川花火大会が開かれていて、亡くなられた多くの方々の鎮魂になっていることと思います。
(戦災、食糧難時代の思い出 南照子さん)
知子さんが本格的に引き継いだのは1996年。当時は右も左もわからなかったそうですが、信念に基づいて本屋に立つお父様にたくさんのことを教わったそうです。
「父は『おススメする時は家族構成も知ったうえで』、『本屋はまちの文化の情報発信地だ』と色々なことを言っていました。『出版をただ売れればいいという商業主義の餌食にすることなく文化として作家を支え、読者が出版を育てる』私が一番好きな言葉。作家と読者をつなぐだけではなくて、地域の文化に貢献することも書店の使命」と知子さん。
(快傑!からほり人『隆祥館書店 二村智子さん)
からほり新聞 第36号
■ 発行/「からほり新聞」制作チーム(「非営利活動法人 高齢者介助の会」内)
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